プロスペクト理論とは行動経済学における代表的な考え方のひとつであり、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーによって提唱された理論です。
プロスペクト理論では不確実な状況下において、消費者が利得と損失をどう評価し意思決定するのかについて説明されており、プライシングを検討する際にも、このプロスペクト理論を理解し活用することで、有益なプライシングを行うことが可能となります。
プロスペクト理論とは
プロスペクト(Prospect)は、「期待、予想、見通し、展望」といった意味を持つ単語で、プロスペクト理論を簡単に整理すると以下のようになります。
- 人が感じる効用は、得られる利得や損失の大きさに比例しない
- 同じ絶対値の利得や損失の場合、損失からの負の効用は正の効用よりも大きくなる
図説にすると以下のようになります。
このケースでは、利得と損失がそれぞれ1万円の場合の効用を赤点線で示しています。
利得が1万円の場合効用は約1.5、一方損失が1万円の場合の負の効用は3と2倍の値になっています。
1万円をもらったときの喜びよりも、1万円を紛失してしまった痛みのほうが大きいということになります。
損失の感じ方は同じ絶対値の利得の約2~2.5倍と考えられています。
簡単にいってしまうと「人は得をするよりも、損をしたくない思いの方が強い」というのがプロスペクト理論の大きな特徴となります。
少し付け加えると、人は利益を得られる場面では、利益を逃すリスク(=損失)を回避し、損失を被る場面では、少々リスクを負ってでも損失を最大限に回避する傾向があるということになります。
このような行動のことは「損失回避バイアス」と呼ばれています。
プライシングにおけるプロスペクト理論の応用例
プロスペクト理論を事業活動に例えると、顧客が商品・サービスを購入・利用することは正の効用を生みますが、一方その対価としてのお金の支払いは損失であり、負の効用を生じさせるものとなります。損失は利得よりも大きく感じるので、損失から生じる負の効用を抑えることがプライシングの観点でも重要となります。正の効用の増大と負の効用の減少につながる事例として以下にいくつか挙げてみたいと思います。
- キャッシュバック→追加の正の効用を生み出す
- 限定(○個限り、○日まで)→購入できないリスクを提示することで、購入できないという損失回避バイアスを働かせる
- 全額返金保証、無料お試し→正の効用に対する対価としての負の効用を消滅させる
- クレジットカード支払い→目の前から現金が消失する心理的負担を軽減
- 分割支払い→総額が同じでも分割とすることで心理的負担を軽減
値引きが引き起こす負の効用
セール等で行われる値引きは、「いつもよりも安い→買わないと損だ→損失を回避しよう」といった心理的効果を生む効果的な手法の一つで、小売店を筆頭に様々な業種・業態で行われているプライシング手法となります。
確かにアパレル等、季節性の高い商品を期間中に売り切るために使われるようなケースに関しては値引きは有効な手法だといえます。
しかし、恒常的に取り扱ってる商品だと注意が必要です。
例えば、美容関係(例えばエステや美容室)が行っている、初回限定の大幅な値引きがこれにあたります。
60分定価1万円のエステコースを初回限定で3,000円程度の大幅安で誘因するケースは広告等でみなさんも見たことがあるのではないでしょうか。
確かに初回のお客さまの誘因には有効かも知れませんが、2回目以降に同等のサービスに1万円支払う必要があるとなるとどうでしょう?
3,000円で受けた施術と1万円で受けることのできる施術は同じサービスです。1万円は定価なので通常価格ではあるものの、初回に3,000円を経験してしまうと、同じサービスに1万円を支払うことにためらいが出てくるのではないでしょうか。「定価を払うのは損だ」という心理的効果です。
このような現象を回避するためには、顧客が負の効用を感じないようなプライシング上の仕組みが必要となってきます。
まとめ
- プロスペクト理論では、人は利益を得られる場面では、利益を逃すリスク(=損失)を回避し、損失を被る場面では、少々リスクを負ってでも損失を最大限に回避する傾向がある
- 損失から発生する負の効用は同じ絶対値の利得よりも大きい
- プライシングへの応用では、特に顧客の支払いに対する心理的負担を減少・回避させる手法が考えられる
- 事例としては、キャッシュバック、限定、保証、現金一括以外での支払手法(カード、分割等)の提示が挙げられる
- 単純な値引きは一時的には顧客の効用を上げるが、後の通常価格の提示は負の効用を増大させるリスクをはらんでいるので、そうさせないプライシング上の仕組みを考えることが重要である